ビン牛乳のフタを集めていた話
小学生の時集めてた牛乳のフタコレクション http://t.co/9GZVY8ZOqk
— 薄い乳房さん (@Oppai__perorist) 2013, 8月 15
牛乳のフタ=ギュッパ
小学生の頃、私の周囲ではメンコ遊びが流行っていました。所謂メンコといえば、アニメやマンガのキャラクターの描かれた市販品のイメージが強いと思いますが、私たちは牛乳のフタを再利用した「ギュッパ」*1を使って遊んでいました。
ギュッパの種類
仲間内ではギュッパを以下の3種類に分類していました。
- ギュッパ:ビン牛乳から外したフタを平らに伸ばし、乾かしたもの。
ちょっと臭い。 - ロウッパ:ギュッパに蝋を塗ったもの。固くてツルツルしててなんか強そうだった。
- タケッパ:牛乳ビンにはめ込む前のフタ。竹のように固いことからこの名が付いた(たぶん)。
この中でもタケッパは、当時の私たちからするととても珍しいものでした。ビンにはめ込まれる前のフタなんて、どうやって手に入れるのか全く想像がつかなかったからです。メンコ遊びにおいても、蝋を塗らなくても十分に固く、完全な平面だったタケッパは切り札として使う子が多かったように記憶しています。
タケッパ集めの黎明期
ギュッパ遊びを始めた当初、タケッパは交換でしか手に入れることが出来ませんでした。その交換もババ抜きのジョーカーよろしく「限られた数のタケッパを誰が持っているか」という状態だったのです。どうにかタケッパを増やしたいと思った僕を含む数人は、九九を勉強するよりも「タケッパを集める方法」を見つけることに時間と労力を割いていたのです*2。そして、とうとう友人の一人、クボタくん(仮名)がやってくれました。
「おい、牛乳会社に手紙を送るとタケッパをくれるぞ!!!!」
クボタくんはそう言うと、雪印乳業から送られてきたばかりの封筒を目の前で開封してくれました。そこには真ん中に「見本」のハンコが押された大量のタケッパがあるではないですか!
クボタくんからもらった雪印牛乳のタケッパ
そこから僕らは乳製品を扱う企業に手紙を書き、タケッパを送ってもらうことに熱中しました。僕が年賀状の次に書いた手紙は、親への感謝の手紙でもなく、ましてやラブレターでもなく、「牛乳のフタを送ってください」という企業への依頼状だったのです*3*4。こんなわけで、僕らの間に流通するタケッパの量と種類は劇的に増えました。
育ち盛りの小学生だった僕らは、ビン牛乳を飲むことも忘れませんでした。家族旅行に行けばビン牛乳を探して飲み、フタは綺麗に洗って持ち帰り、友達と自慢し合いました。そしてフタに書いてある住所をメモし、企業に手紙を出すという作業を繰り返したのです。
タケッパが通貨として扱われた全盛期
こうしてタケッパを集める方法が浸透し、タケッパを持っていることが珍しくなくなってきた頃からでしょうか。タケッパが通貨のように扱われるようになり始めました。「宿題を見せてもらうにはタケッパ2枚」「掃除当番を代わってもらうにはタケッパ4枚」「ゲームを貸してもらうにはタケッパ5枚」など、様々な場面でタケッパを使った取引が行われていました。
また、遠方に親戚が居る者は人脈をフル活用し、北は北海道から南は九州のタケッパを集め、みんなの尊敬を集める存在となることもありました。彼は自身の持つタケッパのレア度を勝手に設定し、付加価値を付け始めたのです。「俺のタケッパは珍しいから、普通のタケッパ*5 5枚分の価値がある」といった具合です。当時の僕らにとって、タケッパはメンコ遊びの道具ではなく、通貨であり、同時にコレクションアイテムだったと言えるでしょう。
ビン牛乳はまだあるけど… ~衰退期?~
親が転勤族だった僕は、タケッパ全盛期に転校しました。転校先の小学校は「牛乳のフタ?なにそれゴミじゃんウケルwww」状態だったので、僕は集めたフタをアルバムに仕舞い、フタ集めを卒業したのです。
今にして思えばもったいないことをしたと思います。昨今、ビン牛乳を見つけても紙製のフタがあるものはほとんど無く、安定感のあるプラスチック製の覆いがかぶさっているものばかりですし…日本各地の乳業を訪問してタケッパを集める旅とか楽しそうだと思うんですけどね。詳しい人がいましたら教えてください。
さて、長くなったので今回はココまで。次回では数少ないコレクションを披露したいと思います。